2008年06月22日
玉城仁先生への感謝の集い
今日は我が母校(首里高校)でバレー部の顧問として指導頂き
40年近くの教職を退かれた「玉城仁先生」への感謝の集いに参加しました。

40年近くの教職を退かれた「玉城仁先生」への感謝の集いに参加しました。
松は首里高校の40期!
3年生が最後の大会を終える前に、次期キャプテン候補が、キャプテン予行演習として、指揮を執る。
その時に、現キャプテンからバトンを受け取る時点に(キャプテンと)対立し、バトンを受け取る事無く退部してしまった。
その後、卒業しても同級生からOB会の誘いが何度かあったが
後ろめたさも感じてか、なかなか足が進まなかった...................................
しかし、当時365日(に近いくらい)休みなく毎日練習をさせた鬼監督「玉城仁先生」が
真和志高校の校長を花道に教鞭を置く事になり、是非感謝の言葉とお詫びが言いたく、足を運びました。

一期上の先輩。左右から2番目の背の高い2人の先輩は県内トップクラスの国体選手でした。
教え子達が、演台に上がり、一人一人マイクを取る機会があったので、24年越しに
「当時大役を途中で投げ出した後ろめたさがズッと尾を引いてた」
という気持ちを打ち明ける事が出来た。
先生曰く「君はもちろん気まずさはあるかもしれないが、僕にとっては辞めようが辞めまいが教え子達が増えていく事には変わりはないんだよ」.......................と
長い間、心の中に溜まってたものがスーと抜けていくような気持ちでした。
先生には20余年ぶりにお会いし当然歳を感じたが、演台で挨拶をする仁先生の熱い語り口は
24年前のあの時を彷彿させた。

最後に教え子達から、記念品の贈呈と

感謝状が贈られた。

演台での教え子達の挨拶や、最後の感謝状贈呈の時も、たびたび話題に出たが
当時は、本気で「死んでくれ」................と思ったとか(笑)
「何度辞めようか」と心に決め、そして練習の最後にもらう言葉で「明日も頑張ろう」と思い返す毎日だったと.......
今、社会に出て思い返せば、そんな深刻でも何でもない事だが
当時は私も本当に地獄のような練習の日々で、当時のキャプテンとの対立は
逃げだすキッカケをさがしていたのかもしれない。
何度も殴られた生徒たちに「一度は死んでくれ」とまで思わせた、鬼監督のもとに
20数年経った今、数期に渡る数十人の教え子達と
当時キャプテンの大役を放り投げ20年間避けて来た弱虫の足をも向けさせくれた。
もちろん人を殴ったりする事を肯定するわけじゃないが
信念と愛情をもった指導は、当時鬼とさえ思い込んだ教え子達が自然と集う恩師に気持は変化していた。
今は時代と言うものが愛の鉄拳を許してくれず、もう昔のような熱血先生を見ることも少なくなった。
時代と伴にに薄れつつある、大切なものを、今日の集いで感じさせてくれる一時でした。
玉城仁先生。長年の教員生活お疲れ様でした。
こんなデキランヌ~達が、独り立ち出来る心を育んでくれた指導は、これからも忘れません。
3年生が最後の大会を終える前に、次期キャプテン候補が、キャプテン予行演習として、指揮を執る。
その時に、現キャプテンからバトンを受け取る時点に(キャプテンと)対立し、バトンを受け取る事無く退部してしまった。
その後、卒業しても同級生からOB会の誘いが何度かあったが
後ろめたさも感じてか、なかなか足が進まなかった...................................
しかし、当時365日(に近いくらい)休みなく毎日練習をさせた鬼監督「玉城仁先生」が
真和志高校の校長を花道に教鞭を置く事になり、是非感謝の言葉とお詫びが言いたく、足を運びました。
一期上の先輩。左右から2番目の背の高い2人の先輩は県内トップクラスの国体選手でした。教え子達が、演台に上がり、一人一人マイクを取る機会があったので、24年越しに
「当時大役を途中で投げ出した後ろめたさがズッと尾を引いてた」
という気持ちを打ち明ける事が出来た。
先生曰く「君はもちろん気まずさはあるかもしれないが、僕にとっては辞めようが辞めまいが教え子達が増えていく事には変わりはないんだよ」.......................と
長い間、心の中に溜まってたものがスーと抜けていくような気持ちでした。
先生には20余年ぶりにお会いし当然歳を感じたが、演台で挨拶をする仁先生の熱い語り口は
24年前のあの時を彷彿させた。
最後に教え子達から、記念品の贈呈と
感謝状が贈られた。
演台での教え子達の挨拶や、最後の感謝状贈呈の時も、たびたび話題に出たが
当時は、本気で「死んでくれ」................と思ったとか(笑)
「何度辞めようか」と心に決め、そして練習の最後にもらう言葉で「明日も頑張ろう」と思い返す毎日だったと.......
今、社会に出て思い返せば、そんな深刻でも何でもない事だが
当時は私も本当に地獄のような練習の日々で、当時のキャプテンとの対立は
逃げだすキッカケをさがしていたのかもしれない。
何度も殴られた生徒たちに「一度は死んでくれ」とまで思わせた、鬼監督のもとに
20数年経った今、数期に渡る数十人の教え子達と
当時キャプテンの大役を放り投げ20年間避けて来た弱虫の足をも向けさせくれた。
もちろん人を殴ったりする事を肯定するわけじゃないが
信念と愛情をもった指導は、当時鬼とさえ思い込んだ教え子達が自然と集う恩師に気持は変化していた。
今は時代と言うものが愛の鉄拳を許してくれず、もう昔のような熱血先生を見ることも少なくなった。
時代と伴にに薄れつつある、大切なものを、今日の集いで感じさせてくれる一時でした。
玉城仁先生。長年の教員生活お疲れ様でした。
こんなデキランヌ~達が、独り立ち出来る心を育んでくれた指導は、これからも忘れません。
ありがとう~ございました。

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